インサイドヘッド2を観て
8/1から上映されている「インサイドヘッド2」を観てきました。
私は前作も映画館で観ましたし、ディズニー作品もピクサー作品も大のファンです。
今回もディズニープラスでインサイドヘッドを復習してから映画館に向かいました。
この作品は主人公たちの頭の中でいろんな感情たちがそれぞれキャラクターになってるんですよね。
前作は主人公が幼少期〜少女期で、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ビビリ、ムカムカ。
今作は主人公が思春期に成長して、シンパイ、ハズカシ、イイナー、ダリィの感情たちが仲間入りしてます。
元々はヨロコビが感情の中心でしたが、今回は主人公の成長に伴ってシンパイが中心になる話でした。
シンパイは未来の色んなことを心配して、たくさん分析して、何が1番主人公のためになるのか導く役割でした。
でも同時に主人公を不安にもさせてしまってたんですよね。
シンパイが働きすぎて、主人公は眠れなくなり、規則を破ったり友達を裏切ったり、自分らしさを失っていきました。
最終的には結果が出せず、過呼吸になっていきます。
そのあとはシンパイの暴走を止めて、ヨロコビが再度感情の中心となることで主人公は自分らしさを取り戻します。
この映画を観たあと、自分にも当てはまることがいくつもあって面白かったと思いました。
私の鬱症状はシンパイが頑張りすぎてくれたんだなって思えて、客観視できたからか心も軽くなりました。
この作品はとってもいいです。オススメです。
怒ってる人を見てもイカリに支配されてるんだなとか、イヤイヤ言ってる人もムカムカばっかり働いてるんだなとか。
悲しくなってもカナシミが寄り添ってくれてる気がして、観るととっても心が温まる作品です。
最後に
私、ファンクラブに入ってるくらいSEKAI NO OWARIさんの大ファンなんですが、エンドソングがまさかの「プレゼント」でした。泣
元々好きな楽曲でしたが、あの映画館の大音響の中で、深瀬君の声が、歌詞が、今の私にグサグサ刺さりました。大号泣でした。
最高すぎました。
泣きすぎてしばらく歩けなかったです。笑
転んでまさかの松葉杖生活へ
嘘みたいな本当の話です。こんなに不幸が次々に、、、?
精神疾患になって、家族には話して、弟が急遽10日間仕事を休んでくれました。1人にはさせないようにという配慮だったんでしょう。
物理的に仕事場から離れるためにも、しばらく弟の家でゆっくり療養することになりました。
夫に空港まで送ってもらって、飛行機に乗って、弟に空港まで迎えに来てもらって、そう周りの助けをもらいながら無事に弟宅に到着しました。
飛行機は普段から年に数回1人で乗ってたこともあって全然大丈夫でした。むしろ心地良くて眠たくなっちゃうくらい。
弟の家は社宅で1人暮らし1ルームなので、決して広いとはいえませんが、漫画もゲームもたくさんあるので居心地は悪くはありませんでした。
そしてやっぱり何よりも、絶対に職場の人間とは会わないって頭で分かってるので、心のざわつきはほぼなくなってました。
身体も軽くなって、すごく動けるようになりました。今ならなんでもできそうな気がしてます。その後にこんなことになるなんて、、、
食欲は少しでたかな?というレベルで食べれる量はそんなに変わりませんでした。パスタ食べる弟から少しもらって、完食したお皿をキッチンに運ぼうと立ち上がったそのときです。ビーズクッションに足をとられてドテーーン。派手に転んでしまいました。食器を持っていたので咄嗟に手は付けず、全体重が左膝にかかります。ズキー。左膝の皿が割れたような痛みが走ります。
弟が湿布を持ってきてくれて、貼ることで少し痛みが和らぎました。動かせない感じでもなく、流石に骨折したりはないか〜と軽く見てました。
翌日、少し青あざになっていて、若干痛みがあったので湿布は貼り替えます。でも全然歩けましたし、買い物したり外食したりで30分ほどは歩いてました。全然平気だったんです。
そして夜はいつも通り、風呂入って鬱の薬を飲んでベッドに入って寝ました。寝つきも普通でした。すると、、、左膝の激痛で目が覚めます。なんだ?って思ってちょっと身体を起こそうとした瞬間ピキーンッ。左膝に痛みが走ります。
青あざが広がってました。立ち上がるのも困難。なんとか市販の鎮痛剤を飲みます。でも寝つけないほど痛みます。
はぁー終わった。今日は病院だなって。
弟に病院探してもらって車で向かいます。でもちょっとでも動かすと激痛です。なんとか支えてもらいながら、1階分の階段を降りて車に乗るまでに20分かかりました。
なんとか朝一で診てもらい、レントゲンでは明らかな骨折はなさそうとのことですが、完全に膝が腫れ上がってるのでMRI検査をすすめられました。靭帯損傷とか骨挫傷があるかもとのこと。
今日のところは膝の固定と冷却、痛み止めの処方、そして松葉杖生活がスタートしました。
心だけでなく、身体も動かなくなりました。弟の家に来て1日目に転び、まだ3日目ですよ、、、
神様こんな試練ばっかりいらないです。お願いですから、、、、
精神科を受診した日
運命のイタズラか、私が精神科を受診したのは31歳の誕生日でした。幸い夫の仕事が休みだったのでその日はずっと付き添ってくれました。
ただ受診までも私にとっては高いハードルがいくつもありました。
事前にWEB問診がある病院でした。自分で試みましたがなぜかなかなか進みません。文字を見ても頭に入ってこないのです。文章が読めません。初めての感覚でした。文字を打つのも文字を見るだけでも心の拒否反応が出ているのが分かります。自分じゃ無理だ、そう言ってもう夫にやってもらいました。本当に理解ある夫が隣にいてくれて助かりました。
次は外に出ることです。以前も書きましたが歩道を歩くだけでも恐怖感が強かったので不安になりました。それだけではありません。私は社宅のマンションに住んでいるので、そのマンションの1階が勤務している動物病院なのです。
そう、外に出るにはその動物病院の横を通らなければなりません。そして駐車場も病院からは丸見えです。はぁ、そう考えただけでも胸が苦しくなります。パワハラ男と鉢合わせしないか、スタッフに会わないか、会ったら話しかけられるんじゃないか、話しかけられたらなんて言おうか、大丈夫なんて言えないな、私を見かけたスタッフが「なんだ元気そうじゃん。仮病か?」って思ったりしないだろうか。そんなことが玄関を出ようとすると頭の中をグルグル回ります。それでも意を決して、病院行くために、外に出ます。夫が先頭きって「誰もいないよ!」って言ってくれたので少し気が楽になりました。それでも前は向けません。心がザワつきます。胸が苦しいので胸に手を当てて、涙があふれてくるので下を見ながら、足が重いのでゆっくり一歩ずつ車に向かいます。普段なら30秒もかからない距離ですが、このときはものすごく遠く感じました。
なんとか誰とも会わず車に乗れました。夫が運転してくれて、病院は車で30分ほど離れたところでした。ただ助手席に座っている間も、他の病院はなかなか予約が取れなかったのに当日受診できる病院って、、、もしかしたらひどい医者かもしれない。ちゃんと診断してもらえないかもしれない。ぼったくられるかもしれない。なーんてまたネガティブな考えが頭の中でグルグル回ります。自分を苦しめないよう、マイナスな方向に考えないようにしててもなかなか難しくてまた涙が勝手にあふれ出てきました。夫が背中をさすってくれて、自分でも深呼吸してなんとか落ち着かせます。
病院に着くと、やっと病院に行けると思えたからか、仕事場から離れたからか少し心のザワつきは軽くなってました。落ち着いて自分の診察の順番を待ちます。
ついに診察です。先生は無表情ながらも落ち着いたトーンで話してくれる先生でした。「もう仕事の人間関係に疲れました。」そう言うだけでも涙が溢れてきたので先生も察してくれたのでしょうか。鬱(うつ)レベルを測る質問シートにいくつか答えたあと、「休みましょうか。まずは1ヶ月くらい。休んだら良くなりますよ」と言ってくれました。私は薬を飲んで翌日には仕事に行く選択肢もあると考えていたので、「あ、そんなに休んでいいんだ。休んだ方がいいんだ。」って、そう思うと心に乗っかっていた重い何かがなんだかスッと軽くなるのを感じました。
適応障害、鬱状態と診断を受け、1ヶ月休職の診断書をもらって、薬ももらって帰宅します。そのままその日中に病院長に提出して、1ヶ月の休職をいただくことになりました。
精神科に行くには1人じゃ無理
精神科を受診しようと決心したのは夜でした。近くの精神科を検索して、なんとなくホームページの柔らかい雰囲気でここにしようって決めました。基本電話予約が必要とあったので、明日の朝一で電話をかけてみようって。問診票は事前に書けたので、印刷して書いて明日に備えました。
明日には精神科が受診できる。薬もらえる。楽になる。そう思うと不思議とこの日の夜はぐっすり眠れました。
朝を迎えます。来院するのが待ちきれなくて朝7時くらいからゆっくり支度してました。そして9時、病院が開く時間ですぐ電話します。すると、「初診のかたですか?申し訳ありませんが、当院予約が2週間先まで埋まっておりまして、最短でも〜」・・・?、まじか、なるほどね。当日受診は難しかったみたいです。でも早く楽になりたいので他をあたってみることにします。
今日受診できればどこでもいいや〜と4〜5件電話してみました。しかしどこも初診の受付は2週間〜6ヶ月先になるというのです。
はぁー、、、まじか。私は病気と認めてもらえず、薬はもらえない。楽になれない。気持ちが重い。心が苦しい。明日は頑張って仕事に行かなきゃいけない、、、?そんな考えがグルグル頭の中を回ります。そしたら心がザワザワザワって苦しくなってきて、涙がポロポロあふれでてきました。あ、やばい。もう無理。過呼吸になるかもって。
急いで水飲んだり誰か連絡がつながらないかLINE送ってみます。そしたら夜勤明けの母と電話が繋がりました。母にはこれまでのこと何も言ってません。最近は仕事のことも普段のこともそんなに話さない仲でした。でも意を決して伝えます。泣きながら。深呼吸して自分を落ち着かせながら。時には嗚咽しながら。仕事でパワハラがあって自分が思ってたより追い詰められていて身体に限界がきたみたいって伝えました。
でも母は最初「何言ってんの?あんた考えすぎよ」って。そしたらもう私の心は耐えられず、息苦しくなって次第に過呼吸気味になります。私は獣医師なので過呼吸の病態は理解しています。息は吸わず、できる限り息を吐くように、そう頭で分かっていても上手くいきません。どんどん苦しくなって今度は手が痺れてきました。電話越しで母が何か言ってくれてますが全然聞き取れません。はぁーはぁーはぁー。息を吐いて、水を飲んで、少しずつ少しずつゆっくり落ち着きました。
この状況を母は電話越しでも察してくれたみたいです。「あんたは頑張りすぎたんやね。昔から頑張り屋さんだから」って。そう言ってもらって母の温かさを感じて、ほんの少し心は楽になれました。まずは病院長に話して、病院行けるまで休みをもらえるか交渉してみなさいって道しるべももらいました。
こうして病院長にも話せて休みをもらい、すぐに行ける病院を夫が片っ端からあたって探してくれて、無事翌日行けました。
普段の私は1人の時間が好きで、割となんでも1人でやる方だと思います。1人でウィンドウショッピングに出かけたり、カラオケに行ったり、旅行にも行きます。そんな私でも、精神病を患うと1人で病院に行くのはできなかったんです。夫がいなかったら、母と電話で繋がらなかったら、病院長の理解がなかったら、、、今考えると本当に怖いです。
一般的には精神科を受診しようと決断するハードルが高いと言われたりますが、受診しようと思っても受診するまでのハードルが高いんだなと私は思いました。
歩道歩くのも怖かった話
適応障害の症状がピークだったときの話です。
やっぱり心が壊れて脳が敏感になっているのがすごく実感されたのが、この歩道を歩くってことでした。
玄関を開けて外に出る、その一歩も1人ではできないくらいでしたが、夫が連れ出してくれてそこをクリアできても、実際は外に出てからだって大変だったって話です。
私は精神科を翌日受診するのに問診票を印刷しようと徒歩3分のコンビニに歩いて行くことにしました。夜10時頃だったでしょうか、まだ車はチラホラ走っていて、人気も少ないながらも少しありました。私が歩いていたのは電車沿いの、ちゃんと整備されていた歩道です。
7月の暑い夜でしたが、涼しい風が首元にあたります。いつもなら気持ちいいな〜と思えるでしょう。でもそのとき私は「え!裸かも!」と思って急いで服を着ているか、自分の服がはだけていないか本気で確認しました。肌の感触が敏感になっていたんでしょうか。そのときは胸元も全然あいていないくるぶしまで丈のあるワンピースを着て、さらに薄手の長袖のパーカーを羽織っていたんですけどね。本当に裸で外に出てしまったかもと思って焦りました。
人とすれ違います。普段なら人の目も気になりません。でも異常に視線を感じました。みんな怖い人に見えます。急に刺されるかも、追い回されるかも、こわいこわい、そんなことが頭の中をぐるぐる回ります。ただ勇気出して恐る恐る見てみると、当然他人ですから全然私のことなんか見てないですし、逆に私が見ることで目が合ったりして、もしかすると相手の方が私に違和感を感じたかもしれないですね。
他にも、私は歩道を歩いてますが隣は車道で、車が時折通り過ぎます。でもいつもより車のライトが眩しく感じたり、「轢かれるかも」って事故を連想したり。歩道を歩いていても考えてしまっていました。
ネガティブに考えてるんじゃないんです。本気で反射的にそう思っちゃうんですよね。
そのとき「カンカンカンカン」電車の踏切が降りたんです。普段は何も気にしませんが、そのときはとっても大きな音に感じて、とってもびっくりしたのを覚えています。それと同時に「轢かれる!怖い!」と反射的に死を連想しました。本気で電車に轢かれて死ぬって咄嗟に頭をよぎったんです。
別に踏切を渡ったわけではないんですよ。横の歩道を歩いていたときにそうなっちゃったわけです。
そして私は自殺願望もありませんし、自己否定が強いとも思っていません。でもそれでも死を連想した自分には改めてびっくりしました。
人間の脳と心は密接に繋がっていて、心が壊れれば脳神経系も敏感になって通常ではいられなくなるんだなと思った瞬間でした。
それまでの私は病院行って薬飲めば大丈夫、仕事できるって簡単に思っちゃってました。でもこんなんでは仕事どころか生活もできないし、今まで普通にやってきた色んなことが全くできませんでした。
詳しくはまた少しずつ書けたらと思います。
パフェを見て泣いた話
私は適応障害になってチョコレートパフェを見て涙が溢れました。意味わからないですよね。もちろん感動したんじゃないです。食べれなくて悲しくて泣いたんでもないです。怖くて涙が出たんです。
それまでの経緯を今回は話せたらと思います。
精神疾患になると食欲が減る人増す人、痩せる人太る人様々のようです。
私は過呼吸などの身体的な異常が出る前までは、自分の食欲が変化している自覚はありませんでした。
そもそも肥満体型で結構食べる方ですし、生理前には特に食欲が増して1〜2kg体重が増えるのは普通でした。
まあでも今振り返ると、精神疾患と診断される1週間前に5〜6本入りの箱アイスを1日で1人で全部食べたり、間食でマクドナルドのバーガーセットを普通に食べたり、餃子20個(いつもは10個も無理)平気で食べたりしてましたね。
やっぱりそれは過食で鬱症状の1つ、私の身体のSOSサインだったのかもしれません。
今思うとさすがに食べすぎてますが、当時の私は全く気づけませんでした。
ただ仕事に行けなくなるほど身体的な異常が出てからはこれまでと打って変わって、自分が自分じゃないみたいに食欲が落ちます。
精神科を初めて受診する前に夫と行ったランチでの出来事です。
少しボリューミーなチキン南蛮の定食を頼んで、いつもなら余裕で食べれるほどの量でしたが1/4量ほど残しました。
まあまあこのくらい食べれてればいっか。そんな風には思ってました。
夫はいつも通りに接してくれて、食後にデザートを食べるか聞いてきてくれます。
ただ私はお腹いっぱいだったので、2人で1つ頼んで1.2口もらおうかって話になりました。
「チョコレートパフェになります〜」
そうやって目の前に運ばれたチョコレートパフェを見て胃がヴーっと痛くなり吐き気に襲われます。
いつもならどんなに満腹でもデザートは別腹。
1口でも2口でも入るのに、今回ばかりは見るだけで気持ち悪いんです。
私はいつもと違う身体の反応に戸惑い、怖くなりました。
「私は病気なんだ」
そう実感したタイミングなんです。
そんな自分が怖くなって、これから自分がどうなってしまうのか分からないのがとても不安になって涙が溢れました。
夫が優しく「普通じゃないね」って。
そうだよねと思いつつ、少しでも楽になりたくて藁にもすがる思いで改めて精神科の受診を決断しました。
それから適応障害と診断されて、薬もいくつか出されて治療が始まります。
ただその後の食欲はほぼなくなりました。食べれても1〜2口。あとは気持ち悪くなります。
なーんでも食べていいことにしましたが、本当になんにも欲しくないんです。大好きだったアイスもケーキもお菓子も。
そして本当に不思議なことに全然食べていないのに全然お腹が空きません。
それは2週間経った今でもあまり回復していないなぁと感じてるところです。
まあそれでもちょっとずつ、食べれてる量は増えてきているのでまた後日書こうと思います。
そして今ちょっとずつ痩せれてるのでラッキーと思えてる自分がいます。
ちょっとずつ回復してると信じて。